褒められたら、
まっすぐ受け入れて受け取り上手になろう!
という声をよく耳にする。
ひとつの考え方だし
すんなりそれができる人は
それは、もう才能だと思う。
なにより
手渡した人、受け取った人
どちらも嬉しい。
世界が幸せに回っているのだ。
先日、ある友人に、
達成した出来事についてすごいねって言ったら
「いえいえ、それは◯◯さんのおかげですー」と、
彼女は赤らめた顔で全力否定していた。
真っ直ぐ受け取ろうとするなら
“無邪気” というものが必要になる。
そこに、葛藤は存在しない。
彼女は、わたしの褒め言葉を
そっくりそのままには受け取らなかった。
けれど、ありがとうと言って
彼女ではない別の人に花を持たせた。
“謙虚“ とか “謙遜” というものは
今は言うことが憚られる様相があるほどに
以前より価値が低くなったかにいわれる。
。
けれど、わたしはそれらの言葉の株価は
もう少し上がってもいいと思う。
低く見積もられすぎだと感じるのは
その時、友人の高感度が
わたしの中ですさまじく爆上げしたからだ。
大きめなジェスチャーで
いかに○○さんが素晴らしいかを必死に伝えてくる彼女を
心から可愛い人だなあと思っていたのだった。